子供がいてもラブラブな夫婦に10題

04:誕生日プレゼント

 二人で初日の出を見た。
 年が変わる大晦日から元旦にかけての夜、囲炉裏端で酒を酌み交わしながら夜を明かした弥勒と珊瑚は、空が白みだすと外へ出た。
 澄んだ冷たい大気の中、弥勒は珊瑚を背後から包み込むように抱きしめて、二人は東の山の稜線から日が昇る様をじっと立って眺めていた。
「新年おめでとう」
 振り仰ぐように彼の顔を見上げた珊瑚が、夫にささやく。
「今年もよろしくね」
 そのあどけない仕草が愛らしくて、弥勒は口許を綻ばせた。
「おめでとう、珊瑚。こちらこそ、また一年よろしく頼みます」
 そのままの体勢で、弥勒は妻に口づけた。

 幼い子供たちはまだ寝ている。
 弥勒と珊瑚は朝餉の準備に取り掛かった。
 弥勒が台所の竈に火を熾し、珊瑚は昨日のうちにたくさん作っておいた煮染めを取り出して、汁物に使う野菜を切る。
 やがて、美味しそうないい匂いに誘われて、子供たちが起き出してきた。
 眼をこすりこすり、弥弥と珠珠と翡翠が寝間から居間へやってくると、すでに整った朝餉の膳と、囲炉裏端に座る両親の姿が三人を迎えた。
 朝餉の膳はいつもより豪華だ。
 そして、珊瑚は晴れ着をまとっていた。
「わあ……!」
 あでやかな母の姿に眼を見張って息を呑む子供たちに、珊瑚はにっこりと微笑みかけた。
「おめでとうございます、だろう?」
 三人ははっとして、昨日、父に教えられたとおり、正座をすると、「あけましておめでとうございます」と、両親に挨拶をした。
「おめでとう」
 と、弥勒と珊瑚も応じる。
「どうですか、弥弥、珠珠、翡翠。母上、美しいでしょう?」
 弥勒が自慢げに子供たちを見廻す。
 珊瑚がまとう絹の小袖は、婚礼衣裳を染め直したもので、黄蘗色の地に繊細な白い梅が咲き乱れている。
「母上、綺麗!」
「お姫様みたい!」
「可愛い!」
 美しい母の姿に見惚れる子供たちを見て、珊瑚はいくぶん照れくさげだった。
「おまえたちは、この小袖を見るのは初めてだっけ?」
「うん」
「そうか。去年は翡翠が小さくて、晴れ着を着なかったからね」
「母上、今日はどうしておめかしなの?」
「今日は歳神様をお迎えする特別な日だからだよ」
「母上だけー?」
 翡翠が言うと、弥弥と珠珠も期待の眼差しを弥勒へと移す。
「父上も、新しいのを着ているんですよ? 母上が縫ってくれたんです」
 ほら、と、弥勒は自らの法衣を示したが、子供たちは釈然としない表情だ。
「父上と母上だけー?」
 今度は弥弥と珠珠も声をそろえる。
 弥勒と珊瑚はくすりと顔を見合わせた。
「大丈夫、おまえたちの分もありますよ。新しい年を迎えて、皆、ひとつ年を取ったので、お祝いの新しい着物が用意してありますよ」
「いま着ている着物はだいぶ小さくなったしね」
 子供たちの顔がぱっと明るくなる。
「母上が作ってくれたの?」
「母上、大好きー!」
「父上だって縫うのを手伝いましたよ? 新しい着物を着て、朝餉のあと、皆で社へお参りに行きましょう」
 張り合う弥勒に珊瑚は微笑み、子供たちは歓声を上げた。
「弥弥と珠珠はおそろいの柄で色違いだから、二人で好きなほうを選んで。翡翠のは、父上が選んでくれた柄だよ」
 顔を洗った子供たちは早速真新しい着物に着替え、弥弥と珠珠は、順番に珊瑚に髪を結ってもらった。

 朝餉を食べに居間へ戻ると、振出のような、見慣れない小さな壺が囲炉裏の炉縁のそばに置かれているのに弥弥が気づいた。
「これ何?」
「ああ、それは母上への新年の贈り物ですよ」
 そういう壺はいつもは台所の棚の上に置いてあるので、子供たちの目にはつかない。
「贈り物は着物じゃないの?」
 と珠珠が訊く。
「もちろん、普段の着物も新しく縫ったよ」
「でも、母上は自分で縫ったので、父上が別の贈り物を用意したんです。母上は毎日冷たい水を使って料理や洗濯や掃除をしてくれるでしょう? その壺には、椿油といって、手荒れを防ぐための薬油が入っているんです」
 言いながら、弥勒は傍らに座る珊瑚の手を取って、自らの頬にすり寄せた。
「主婦の手は一家の宝ですからな」
「ちょっと、弥勒さま。子供たちの前で」
 珊瑚は頬を染め、ばつが悪そうに子供たちを見遣る。
 そして照れ隠しのように苦笑した。
「いいって言っても、いつも買ってきてくれるの。父上、やさしいでしょ?」
「おまえも、先日、市で私のために筆と墨を選んでくれたでしょう? そのお返しです」
「弥勒さま……」
 三人の子供たち──弥弥と珠珠と翡翠は、無言で立ち上がり、膳が用意されたそれぞれの席に着く。
 そうして、手を合わせて、小声で言った。
「……ご馳走さまー」
「え? ごめん、お腹すいたね。でも、いただきますでしょ?」
「って言うか、おまえたち、どこでそんな言い回しを覚えてくるんです」
 慌てた珊瑚は法師の手をきゅっとつねって、翡翠の隣の、自分の膳の前に座った。
 その頬はまだ赫い。
 穏やかで平和な、一年の始まりだった。

〔了〕

2015.1.6.