子供がいてもラブラブな夫婦に10題
09:だけど昔より
夜の閨の闇に、三人の子供たちの規則正しい寝息が聞こえている。
つい先程まで、外は激しい雨が降り、大気を震わせるような雷が鳴っていた。
怖がる子供たちに添い寝して、大丈夫だとささやきながら、弥勒と珊瑚は二人がかりで三人を寝かしつけた。
ようやく、みな寝ついた頃、雷は遠ざかり、今は小雨になった雨の音だけが、子守唄のように静かに闇に響いている。
昼間の遊び疲れで、子供たちはぐっすりと眠っていた。
「……疲れたな。私たちも、もう休みましょう」
双子の娘に寄り添っていた法師が、そっと身を起こし、声をひそめて珊瑚にささやく。
「うん。あたしも疲れた」
小さな息子の衾を掛け直してやる珊瑚も、小声で答えた。
「珊瑚。もし、雷が怖ければ、添い寝してあげてもいいですよ?」
「あたしは平気だよ? でも、弥勒さまが怖いんなら、あたしが一緒に寝てあげる」
子供たちを真ん中に、弥勒と珊瑚の夜具は、その両側に延べられている。
「無理せず、一緒に寝たいと素直に言えばいいんですよ?」
「弥勒さまこそ、一緒に寝てほしいなら、そう言えば?」
小声でささやき合いながら、子供たちの寝床から起き上がった二人は、すんなり法師の夜具に一緒に入った。
褥に先に横たわった弥勒の腕を枕に、珊瑚も同じ夜具に横たわる。
衾を掛けたその下で弥勒の腕に抱きしめられ、珊瑚は仔猫のように彼に身を寄せて、安堵したような吐息を洩らした。
「……弥勒さまは、本当に雷が怖いの?」
「まさか。だが、昔はともかく、今は、こんな夜に一人でいられる自信はないな」
「一人じゃ寂しい?」
「当然でしょう? おまえのぬくもりを知ってしまったんですから」
妻を抱きしめる弥勒の腕の力が強くなる。
愛しさを込めたその抱擁に、満たされる想いで、珊瑚はそっと眼を閉じた。
「……珊瑚」
「なに?」
「子供はたくさん欲しいが、子供たちがいると、思うように抱き合えんな」
弥勒の腕の中で、珊瑚は軽く瞳を瞬かせた。
「今宵はそういう気分だったの?」
「そういうわけではないが、子供たちは、こちらが早く寝てほしいときに限って寝つかなかったり、夜中にいきなり眼を覚まして珊瑚を呼んだりと、行動が、どんな妖怪よりも予測不可能ですから」
「子を産んでくれって言ったのは、弥勒さまだよ?」
「もちろん、これからも産んでもらいますよ。私の子を、おまえに」
心地好い闇と雨の音が二人を包む。
すぐ隣では、三人の愛し子たちがすやすやと寝息を立てている。
寝床の中で、弥勒は珊瑚をじっと抱きしめていた。
求めているのではなく、ただ、珊瑚の存在が愛しい。
子供たちの気配が気になって、なかなか珊瑚と抱き合えなくても、大切な家族が一人でも欠けることなど考えられない。
今では、珊瑚と二人でも寂しいだろう。
(ましてや、一人きりでいるなど──)
右手に呪いを持つ身で、独り、旅をしていた。
仲間を得て、守りたい娘のために生きようと闘った。
そして、欲した娘と祝言をあげ、最高の幸せを得た。
けれども、過ぎ去ったどの昔より、今という時間が愛おしい。
(弥弥と珠珠、それに翡翠がいるからな)
雷の音が、遠く、小さく聞こえた。
腕の中の珊瑚は眠りかけているようだ。
彼女の寝息を聞きながら、弥勒も静かな眠りに身をゆだねた。
雷雨は去った。
きっといい夢が見られるだろう。
〔了〕
2015.5.24.