子供がいてもラブラブな夫婦に10題
10:来年もこうして三人で
昼下がり、縁先で縫い物をする珊瑚の姿がよく見られるようになった。
四人目の子を宿し、その子のためのむつきを縫っているのだ。
お腹はまだそれほど目立ってはいない。
「母上、赤ちゃんとお話ししてもいい?」
「いいよ。今日はどんなことを話すの?」
「内緒」
弥勒と珊瑚の子供たち──双子の弥弥と珠珠と、弟の翡翠は、日に何度となく母のもとを訪れ、珊瑚のお腹に顔をくっつけて、そこにいる赤子にいろんなことを語りかけた。
生まれくる赤子のための着物を縫う母の姿を毎日見ているうち、弥弥と珠珠は縫い物にも興味を持ち、珊瑚に手ほどきを受けて、自分たちも縫い方の練習をするようにもなった。
「弥弥や珠珠や翡翠にも、母上はこんなふうに、着物を縫ったの?」
「そうだよ。弥弥と珠珠のときは、双子だなんて思っていなかったから、用意したむつきが足りなくて、慌てたもんだよ」
「ふふ」
弥弥と珠珠は嬉しそうに顔を見合わせる。
そんなある日、帰宅した弥勒が居間に入ると、珊瑚が一人で縫い物をしていた。
「今日は静かですな」
顔を上げた珊瑚は、花がほころぶように笑顔になった。
「お帰り、弥勒さま。今日は早いね」
「今日の妖怪退治は簡単でした。犬夜叉が活躍してくれたおかげでもありますが、金離れのいい御仁で、交渉も滞りなく」
珊瑚は困ったようにくすりと笑う。
「裕福な依頼主だったの? また、ぼったくったんだ」
「子が一人増えるのですから、蓄えはしっかりとしておかなければな」
すまして言う弥勒は、珊瑚の背後に腰を下ろし、後ろから彼女の身体を抱きすくめた。
甘い雰囲気に、珊瑚はややはにかんだようになる。
「子供たちは?」
「外へ行ったよ。村のどこかで友達と遊んでるはず」
「身体の調子はどうです? 悪阻は?」
「平気。子供たちも積極的に家の手伝いをしてくれるし」
いとけない子供たちが、幼いながらもずいぶん頼もしくなっていることを、珊瑚は嬉しそうに弥勒に伝えた。
「弥弥も珠珠も翡翠も、毎日、おまえの腹の中の子に話しかけているな」
「うん」
珊瑚は幸せそうにうつむき、そっと己の腹を撫でた。
妻を抱きしめる弥勒の手が、腹を撫でる彼女の手に重ねられる。
「私も話したいのだが」
珊瑚は片手に持った縫い物を下ろし、少し照れたように小声で答えた。
「……いいよ」
弥勒は珊瑚の前に廻り、身を横たえた。
己の膝を枕にする夫が愛おしくて、珊瑚の手が彼の髪をやさしく撫でた。
「弥弥と珠珠のときも、翡翠のときも、そうやってお腹の子に話しかけてくれたね」
弥勒は何も言わずに微笑んだ。
「弥勒さま?」
「いえ。ただ、愛しいだけです。お腹の子も、弥弥と珠珠と翡翠も。そして、もちろん珊瑚も」
今、享受することを許されている幸せを確かめずにはいられなくて、我が子を宿した最愛の妻を、いつでも抱きしめていたくなる。
「少し、このままでもいいか?」
「うん」
膝枕で、珊瑚の腹部に顔を向けて横たわった弥勒は、赤子の気配に耳を澄ませるように、そのまま眼を閉じた。
二人きりの静寂が心地好い。
けれど、今の気持ちを伝えたくて、珊瑚は口を開いた。
「ねえ、弥勒さま」
「うん?」
「あたし、幸せだよ」
細い指がそよ風のように弥勒の髪を撫でる。
「つらいことや悲しいことがいろいろあって、絶望したこともあったけど、法師さまに出逢って、想いが叶って、夫婦になって。それから、法師さまの子を何人も授かって」
「珊瑚……」
吐息のような、彼の声。
「毎日、法師さま──弥勒さまと一緒に生活してる。……本当に幸せ」
彼の頬に触れようとした珊瑚の手を、法師の手がとらえて握った。
「愛している、珊瑚。以前よりも、ずっと深く、強く」
「うん……あたしも」
二人はそのままの姿勢で手を握り合う。
やさしい沈黙が降りた。
居間に入ろうと、引き戸に小さな両手を伸ばした翡翠の手を、左右から、双子の姉たちが同時に掴んだ。
「姉上、どうしたの?」
「隙間から見てごらん、翡翠」
「父上、帰ってる。あ、いいなー。父上、母上に膝枕してもらってるよ」
「あのね、こういうときは邪魔しちゃ駄目なの」
「どうして?」
「馬に蹴られるから。……えーと、誰が言ってたんだっけ?」
「忘れちゃった。でも、もうちょっとお庭で遊ぼ?」
三人は裏庭に廻り、いつも姉弟三人だけで内緒話をする場所、縁側の見える茂みの陰に座り込んだ。ここからなら、居間の縁先が見えるので、父と母の姿を垣間見ることができる。
翡翠はやや不満顔だ。
「邪魔しないもん。母上にただいまって言って、父上におかえりって言うだけなのに」
「それでも邪魔になっちゃうんだよ。弥弥と珠珠と翡翠は“ちょーし”だから、ちょっとくらい気配りしなきゃ」
「ちょーし?」
「そう、長子。兄弟の中で、一番上の子って意味だよ」
「一番上は弥弥と珠珠の姉上じゃないか」
「翡翠は男の子じゃない。一番上の姉上は弥弥と珠珠だけど、男の子で一番上の兄上は、これから翡翠になるんだよ」
「!」
弥弥と珠珠に代わる代わる説明され、大発見をしたように、翡翠は大きく眼を見開いた。
「だから、来年もこうして三人で、父上と母上を見守っててあげなくちゃね」
「うん! 父上と母上は、おいしい鳥だもんね」
兄上という言葉に気をよくした翡翠が勢い込んで言うと、
「オ・シ・ド・リ」
と、弥弥と珠珠は悪戯っぽく声を合わせた。
珊瑚の膝に頭を乗せた弥勒は、いつの間にか眠っていた。
双子の弥弥と珠珠は、こんなふうにこっそりと、父と母の仲睦まじい姿を眺めるのが好きだった。
両親が幸福そうだと、自分たちもたまらなく平和で幸せな気分になる。
そして、そんなとき、双子は父上や母上よりもずっと大人になったような気分に浸るのだった。
無防備に寝息を立てる弥勒をやさしい眼差しで見つめる珊瑚は、大切なものを慈しむように彼の髪を撫でている。
その光景は、何かの物語に添えられた一片の絵のようだった。
庭先の茂みの陰からこっそり両親を見守る子供たちの瞳にも、それは、とても美しく、きらきらしく映っていた。
〔了〕
2015.6.13.