微エロな5題・「痛」
02:噛み跡に滲む血
二人で山菜を摘みに入った山中でのことだった。
山を分け入る己の後ろに、珊瑚の気配がいつの間にか消えていることに気づいた弥勒は、はっと振り返った。
急ぎ、来た道を引き返すと、うずくまる娘の姿を見つけた。
「珊瑚、どうした?」
「法師さま……」
顔を上げて法師を見遣る珊瑚の表情が硬い。
「何かに噛まれた。たぶん、蛇じゃないかと思う」
「見せてみなさい」
錫杖を置いて、弥勒はその場に膝をついた。
脚絆を付けているが、白いかかとに、血の滲む小さな噛み跡があった。
「どんな蛇か見ましたか?」
「うっかりしてて……種類は判らない」
「毒を持っていたかもしれんな。念のために吸い出そう」
立ち上がった珊瑚は、傍らの木の幹に手をついた。
弥勒は膝をついたまま、彼女の足首を軽く持ち上げ、唇を寄せようとした。そして、そこに滲む赤い色を見て、胸が疼くような鈍い痛みを覚えた。
眉をひそめ、かかとに唇をつける。
愛しむように、彼の舌が珊瑚の血の滲む傷を舐めた。
「っ!」
小さく息を呑んだ珊瑚の頬が熱を持つ。
強く歯を立てられ、咬まれたばかりの傷が痛んだが、痛みよりも、むしろ高鳴る鼓動に彼女は耐えた。
患部から毒を吸い出す彼の動作が、何かしら色めいた仕草のように思える。
妖しく胸がざわめいた。
吸い出した血を何度が地面に吐き捨て、弥勒は己の口許を拭った。
「来るときに沢を通ったな。あの辺りまで戻り、手当てをしよう。歩けるか、珊瑚?」
「うん」
鼓動を抑え、珊瑚はうつむき加減に木の幹から手を離した。
「負ぶってあげましょうか?」
「平気。でも、法師さま、なんか声が怒ってない?」
珊瑚は何気なく言ったのだが、一瞬、弥勒は戸惑ったような顔をした。
「そう見えるか?」
「うん、だって」
どこか不機嫌そうでもある。
弥勒は微かに吐息を洩らした。
「自分に腹が立つんです。おまえにこんな傷をつけたことに」
「あたしの不注意だよ。法師さまのせいじゃない」
「そういう意味ではなく。小さな傷だが、すぐ近くに私がいたのに、大切なおなごを守れなかったことが悔しい」
「!」
手拭いを取り出した弥勒は、珊瑚の足首を掴もうと手を伸ばした。
思わず珊瑚は足を引っこめようとする。
「大丈夫ですよ」
「……」
弥勒は手拭いで珊瑚のかかとを覆うように縛った。
珊瑚は恥ずかしげに顔を伏せている。
「……今、ついている傷は、ほとんど法師さまがつけたようなもんだよ」
足首を掴まれた感触も、かかとに触れた彼の熱も、歯を立てられた痛みも、全て珊瑚の肌に刻まれている。
弥勒は軽く眼を見張って立ち上がった。
羞恥に頬を染める娘の可憐さに、刹那、引き寄せられるように唇を寄せかけた弥勒だが、この唇で毒が混じっているかもしれない血を吸い出したことを思い出し、動きをとめた。
「早く水のあるところへ行きましょう。傷を洗わねばな」
愛おしげに微笑して、弥勒は珊瑚を促した。
二人は沢へ移動する。
今度は、愛しい人に何かあっても見逃さないように。
〔了〕
2014.9.14.