微エロな5題・「痛」
03:絆創膏に隠れたキスマーク
早朝、宿屋の井戸端で顔を洗っている弥勒の背後に訪れたのは、愛しい娘の気配だ。
「おはようございます、珊瑚」
手拭いで顔を拭きながら弥勒が振り返ると、仏頂面の珊瑚が彼を睨んでいた。
「……何か?」
珊瑚は長い黒髪を結わずに垂らしていた。
左側だけ、肩から前に流している。
「これを見て」
法師に近寄り、彼女は髪で隠していた左の首筋を、彼に示した。
「これが?」
とぼけた反応に、珊瑚はむっとなる。
そこには、夕べ、法師と過ごした名残の印が、くっきりと残されていた。
「困るんだけど、こんなところに」
「見えるところには付けぬよう、いつもは気をつけているのですが。昨夜は夢中でしたからな」
珊瑚は頬を赤らめる。
夜中に部屋を抜け出して、時間を気にしながら慌ただしく抱き合った。
「とにかく困る。何か、いい知恵ない?」
「そうですな」
退治屋の装束の衿なら隠せるが、通常時にその格好では不自然だ。今みたいに髪を下ろしていてもいいが、それも不自然だ。
「そうだ。珊瑚はちょっとここで待っていなさい」
娘を井戸端に残し、弥勒はその場を後にした。
彼が向かった先は宿の自分たちの部屋だった。
「かごめさま、絆創膏、ありますか?」
「絆創膏? どうしたの、弥勒さま。怪我をしたの?」
「いえ、珊瑚が。怪我と言いますか、虫に刺されたらしいのですが、少し血が滲んでいるので、念のために」
「ちょっと待ってね。……あ、あったわ。はい、弥勒さま」
「ありがとうございます」
ということで、珊瑚は絆創膏を手に戻ってきた法師に、それを首筋に貼られた。
余計に目立つような気もしたが、他に方法が思いつかない。
珊瑚はその格好で朝餉の席に臨むことになった。
案の定、首をどうしたんだと皆に訊かれる。
それには、「悪い虫に刺された」と答えておいた。
弥勒は苦笑を浮かべている。
「本当はキスマークだったりして」
かごめが無邪気に爆弾発言をしたが、珊瑚はきょとんとかごめを見返すのみ、弥勒も察しているのかいないのか、いささかも動じることがない。当事者二人からは大した反応を得られなかった。
むしろ七宝や犬夜叉のほうがその言葉に興味を示した。
「きすまーくって何じゃ?」
「おれも知らねえ。悪い虫の名前か?」
「……何でもないわよ。このお味噌汁の具は何の葉かしら?」
説明するのが気恥ずかしくなったかごめは、さりげなく話題を変えた。
話題が首の絆創膏から逸れ、珊瑚も安心して食事をすることができた。
朝餉を終えると、宿を出立する。
前を行く犬夜叉とかごめ、七宝の少し後ろを、弥勒と珊瑚はゆったりと歩いていたが、
「ああ、そうだ。珊瑚」
雲母を肩に乗せた娘にそっと近寄り、法師がささやく。
「かごめさまと湯浴みをするときは気をつけてください。“虫刺され”の痕はまだいくつかあるはずですから」
「は?」
珊瑚の足がとまる。
「なにぶん夢中でしたから、どこに付けたか覚えてなくて。ですが、気になるようでしたら、珊瑚の躰を調べて、全てに絆創膏を貼ってあげますよ?」
瞬時に珊瑚は固まった。
からかわれていると解っている。
だが、それが事実だとしたら、困る。大いに困る。
弥勒は何の邪気もなさそうに、にっこりと魅惑的な笑みを浮かべている。
無言でうつむく珊瑚の肩がふるふると震え、雲母が素早く地面に飛び降りた。
「スケベ法師の馬鹿っ!」
派手な平手打ちの音に、前方を歩いていた犬夜叉たちが驚いて振り返った。
〔了〕
2013.11.21.