微エロな5題・「密」

03:靴下を脱がせる

「痛た……」
 今宵の宿を頼んだ民家の一室に入り、崩れるように座り込んだ珊瑚が、右足をかばってつぶやいた。
 飛来骨と錫杖を置いた法師が可笑しそうにくすりと笑う。
「しかし、まさか珊瑚がこんな形で怪我をするとは思いませんでした」
「うるさいっ」
 この日、犬夜叉たちの一行は、大きな村に辿りつき、その村の入り口で法師が通りかかった娘に声をかけた。
 仲間たちが見守る中、宿を頼むだけのはずが娘の手を握り、長々と話をする彼の様子は、ただ口説いているだけにしか見えない。
 しびれを切らして二人の間に割って入ろうとずかずかと進んだ珊瑚だったが、足許の切り株が目に入っておらず、強かに向こう脛を打ち付けてしまったのだ。
 驚いた村娘が名主の家まで案内してくれたが、恥ずかしいことこの上ない。
 七宝は大げさに心配するし、犬夜叉は横を向いて肩を震わせている。
「ちょっと、犬夜叉。これは弥勒さまが悪いんだから、珊瑚ちゃんの手当ては弥勒さまがちゃんとやってよね」
 かごめが気を利かせ、薬箱を弥勒に託して、犬夜叉と七宝、雲母まで連れて村の散策に出かけていった。そうして、今に至るわけだが、ばつの悪さに珊瑚は紅潮した顔で自分の膝を睨んでいる。
「とりあえず手当てをしましょうか」
「いいよ、自分でやる」
「まあ、そう言わずに」
 薬箱から湿布を取り出した弥勒は、足を投げ出して座る珊瑚の傍らに腰を下ろした。
 ちらりと珊瑚が彼を窺うと、微妙に顔がにやけている。
 何となく釈然としないものの、法師の村娘への態度を責めると、逆に彼に気を取られて足を打ったことを蒸し返されそうで、珊瑚は何も言えなかった。
「何か言いたそうですな」
「別に」
「では、脚絆を取りますよ」
「えっ、そんなの自分で……」
 珊瑚が手を伸ばすと、その手を弥勒に掴まれてしまった。
「怪我人は静かにしていなさい」
「……法師さま、なんか楽しそう」
「そりゃ、動けない珊瑚を自由にできるのですから」
「っ!」
 いきなり何を言い出すんだと珊瑚は法師を睨んだが、すぐに足に手を掛けられ、文字通り動けなくなってしまった。
 弥勒の手が、褶ごと彼女の小袖の裾を膝までたくし上げる。
 くすぐったくて、どきどきする。
「あの、やっぱり」
「おとなしくしていなさい」
 静かに言うと、弥勒は珊瑚の右足を軽く持ち上げ、ゆっくりと結び紐を解いて、脚絆を脱がせていった。
 ふくらはぎを支える彼の掌を、触れる彼の指先を肌に感じ、珊瑚の躰がぴくんと震える。
「い……いやっ」
 思わず声が出てしまった。
「意識するな。そういう声は心臓に悪い」
 硬い弥勒の声にはっとして、珊瑚は彼の顔を見た。
 思いの外、真摯な表情の彼を見て、珊瑚は斜めに視線をそらし、うるさい胸の鼓動に耐えた。
「ここですな、患部は」
「つっ……」
 まず、しぼった手拭いで珊瑚の右足を清めてから、弥勒は向こう脛に丁寧に湿布を貼った。
「……あ、ありがとう」
 右足を下ろされ、ほっとした珊瑚はとりあえず礼を言ったが、手拭いを絞り直した弥勒は静かに立ち上がり、彼女の左側に座った。
「って、あの……?」
「左足がまだです」
 まだ脚絆をつけている左足を持ち上げられる。
「ちょっ、左足はなんともないよ」
「解っていますが、珊瑚があんな声を出すので」
「あ、あたしが悪いっての?」
 しれっと言う法師に納得がいかず、珊瑚は食い下がろうとしたが、彼の右手がすっと膝から小袖の裾の中へと差し込まれた。
「あっ……!」
 なぞるように太腿を撫でられ、甘いしびれが足先から全身に伝わっていく。
 膝までたくし上げられた小袖を押さえる珊瑚は、力が抜け、上体を支えるのがやっとだった。
 そんな彼女に構うことなく弥勒は彼女の左足から脚絆を取り去り、右足と同じように手拭いで清めた。
 そして、膝に唇を押し当てた。
「ほ、法師さまっ」
 舌が這い、動揺した珊瑚がたしなめるが、弥勒の手は再び足の線をなぞり、小袖の中へと侵入しようとしている。
「珊瑚」
 弥勒は珊瑚に伸し掛かるように顔を近づけた。
「こういうことはおまえにしかしないから、焼きもちもほどほどにな」
「あんたに言われたくない」
 悔しいけれど、抵抗できない。
 背中に廻された彼の手。近づいてくる彼の顔。
 珊瑚は思わず眼を閉じていた。
 唇が甘く触れ合い、すぐに互いの舌を探り始めた。
「ん──
 そのまま雪崩れるように押し倒され、口づけを続けながら折り重なって横たわりかけたとき、
「ただいまー!」
「!」
 かごめの声が聞こえた。
 玄関で名主と何やら言葉を交わしているようだが、すぐに皆、この部屋へやってくるだろう。
 弥勒と珊瑚は素早く身を起こし、珊瑚は慌ててめくれあがった小袖の裾を直した。
「残念だったな」
「……」
 法師が小さくささやいたが、珊瑚は赫い顔をして横を向いている。
「怒るな。中途半端になって悪かった」
「怒っているのはそこじゃない」
 床を睨んでいる娘の腕を引き、その耳に法師は唇を寄せる。
「今宵、二人で抜け出そう。怪我をさせたお詫びに、思いっきりやさしくしてあげます」
 甘くささやかれ、珊瑚の顔がさらに熱を持つ。
 そんな彼女が顔を上げて答えるより先に、近づいてくる仲間たちの足音が響いた。

〔了〕

2017.7.31.

お題は「TOY」様からお借りしました。