微エロな5題・「密」

01:後ろから抱きついてキス(結婚後)

 静かな昼下がり。
 その日、弥勒は朝から部屋にこもって文机の前に座り、書き物をしていた。
 家事が一段落ついた珊瑚が、その部屋の戸を少し開け、控えめに夫に声をかける。
「法師さま、少し休んだら? お茶でも淹れようか?」
 ひょいと室内を覗くと、弥勒は文机に広げたたくさんの書や巻き物の上に横向きに突っ伏し、腕を枕にすうすうと眠っていた。
 珊瑚の口許に微笑が浮かぶ。
「疲れてるんだね」
 足音を忍ばせて室内に入り、衣を取り出し、彼女は眠る法師の背にふわりと掛けた。
 刹那、わずかに彼の睫毛が瞬いたようだ。
 起こさないように気をつけて、最愛の人の寝顔を、まるで初めて見るもののように、珊瑚は愛しげにじっと見つめた。
 端整な横顔。
 少し開いた唇から小さく洩れる寝息。
 こうして見ると、どこかあどけなくも感じる。
 珊瑚は広い背中にそっと身を寄せ、抱きついた。
「大好き、法師さま」
 小さな声でささやくと、ふと、悪戯心を起こして、横向きに顔を伏している弥勒の頬に、そっと彼女は唇を当てた。
「……」
 彼に起きる気配はない。
 恥ずかしげにほんのり頬を染め、それでも悪戯が成功した子供のように、ときめきと嬉しさを覚えた。
 彼の寝息が深いので、安心した珊瑚は、少し大胆に、耳飾りのついた彼の耳朶に口づけ、唇を這わせ、甘く噛む。
「……ふふ」
 そして、ようやく満足して立ち上がろうとすると、いきなり手首を掴まれ、ぐいと引かれた。
「っ!」
 はっとする間もない。
 珊瑚は、いつの間にか眼を覚ましていた弥勒の腕の中に、その膝の上へと倒れ込む形となる。
「法師さま! いつから気づいて……」
「おまえが衣を掛けてくれたときです」
 珊瑚の頬がかあっと熱くなる。
 対する弥勒は余裕の表情で、あっという間に床に押し倒されてしまった。
「嫌な法師さま! 寝たふりなんかして」
「私が起きていても、同じことをしてくれましたか?」
 赫い顔で精一杯睨みつけるも、弥勒にはどこ吹く風だった。
 そのまま、弥勒は仰向けになった珊瑚に覆いかぶさる。
 顔が近くなり、唇を寄せられて、珊瑚は素直に瞼を閉じた。
 夫婦になって、こういうことにもだいぶ慣れた。
 弥勒は愛しい妻の唇を深く味わい、やがて、小袖の衿元におもむろに手を掛けた。
「ちょっと、法師さま」
「なんです?」
「何するつもり?」
「言わなければ判らんか?」
 空惚けた口調だが、弥勒の瞳はからかうような色を宿して、面白そうに珊瑚を見ていた。
「駄目。まだ陽が高いのに。夜まで待って」
「待てないから、こうなった」
「今日は早めに夕餉の支度をして、早めに床をとるようにするから」
「夜は夜。おまえが可愛いことをするから、仕方ないでしょう? 今すぐ欲しくなった」
 視線を捉えたまま、甘くささやく弥勒の指先が珊瑚の頬を撫でてくる。
 先程の自分の一連の言動を思い返し、珊瑚は耳まで赫くなった。
 耳元に法師の吐息がかかり、気づくと、彼の唇が、彼女の首筋へと移動していた。
 甘い戦慄が背筋を抜ける。
「駄目だって」
 ささやくように抗い、身をよじって、珊瑚は弥勒の下から滑り出た。
「珊瑚」
「いやっ」
 軽やかに身を翻して部屋を出る珊瑚だったが、伏し目になって頬を染め、その仕草はどこか甘やかで、弥勒からすれば誘っているようにしか見えない。
 すぐに彼も彼女を追い、その身を背後から抱きすくめた。
「やっ、法師さま──
 動きを封じられた珊瑚が身じろぎするが、弥勒は固く妻を抱きしめたまま、腕を解こうとはしなかった。
「本当に嫌か?」
 愛しい人に抱きすくめられ、珊瑚は鼓動の速さと自らの熱ばかりを意識する。
「それから、珊瑚。さっきの言葉、もう一度聞きたいのだが」
 珊瑚の頬がますます熱を持つ。

“大好き、法師さま”

「ずるい、法師さま」
「法師さまではない。私は珊瑚の、何ですか?」
 恥ずかしそうに珊瑚はうつむく。
「……あたしの、旦那様」
「珊瑚は旦那様に逆らうんですか?」
 甘く低い声。
 結局のところ、いつだって自分は弥勒にからめとられてしまう。
 背後から抱きつかれたまま、彼の指が彼女の顎を持ち上げ、珊瑚は後ろを向かされた。
「ほう、し……」
 法師が顔を寄せ、吐息が熱く絡み、唇が重なる。
「ん──
 どこかで鳥が鳴いている。
 しばらく肩越しの甘い口づけに耽っていると、珊瑚を抱く弥勒の手が、彼女の小袖の合わせを押し広げた。
 衿元にさしこまれた手が、やわらかなふくらみをまさぐる。
「あっ……」
 身をよじる珊瑚は、何も考えられなくなって、力が緩まった彼の腕の中で身を反転させ、正面から弥勒に抱きついた。
「観念したか?」
「逆らえない。逆らえるわけないよ、あたしが法師さまに」
 弥勒が愛しげにくすりと笑う。
「今日は素直だな」
「……大好き、だから」
 珊瑚の両手が弥勒の首に廻され、二人は再び口づけを交わす。
 静かな昼下がりは、静かな、甘い昼下がりになった。

〔了〕

2016.6.13.

お題は「TOY」様からお借りしました。