微エロな5題・「動」
04:椅子に座らせたままのキス(結婚後)
「どっ、どうしたの?」
妖怪退治から帰宅した夫を出迎えた珊瑚は、大きく眼を見張って言った。
弥勒は憔悴したような表情で、表まで出てきた妻に倒れ込むように抱きついてきた。
「さんごー……」
「なに? 今日の妖怪は手こずったの? 犬夜叉が一緒なのに」
「おまえは私より犬夜叉の腕を信用してるんですか」
「だって──」
法師宅の台所に米俵二俵を置いて戻ってきた犬夜叉が、そんな弥勒を見て、面倒そうに口を開いた。
「弥勒のことは気にしなくていいぜ、珊瑚。女に見惚れて不覚を取っただけだから」
「……そうなんだ」
珊瑚の声が低くなり、眉がひそめられる。
法師は珊瑚の髪に顔を伏せたまま、彼女の肩に巻き付けた両腕にぎゅうっと力を込めた。
「犬夜叉、物事は正確に。おなごをかばって、妖怪の攻撃の盾になったんです。名誉の負傷ですよ」
「え、怪我してるの?」
「ちょっと背中を打っただけだろうが」
犬夜叉は、地面に置いていた米俵一俵をひょいと担いだ。
これは犬夜叉の仕事の取り分で、毎回、彼は自分の取り分を楓のもとに届けている。
「じゃ、おれは帰るな」
「うん。お疲れさま、犬夜叉。法師さまの面倒もありがとうね」
「珊瑚。なんか引っかかる言い方をしますね」
にこやかに犬夜叉を見送り、なおも抱きつく法師をかかえるようにして、珊瑚は家の中へ入った。
そして、彼を台所の土間から板の間への上がり口に腰かけさせ、すぐに手当てに必要な品をそろえる。
「打ったの、背中だよね。衣を脱いで」
袈裟を解き、上半身だけ法衣を脱いだ弥勒の背後に廻った珊瑚が、患部を確かめた。
「ひどく打ってるね」
広範囲に痣になっているその箇所に、打ち身に効く薬を塗布した布をあて、手際よくさらしを巻いていく。
「相変わらず気が多いんだから」
「誤解ですって、珊瑚」
「どうだかねー」
大きな子供のように甘えてくる法師を慣れた様子であしらう珊瑚。何だかんだで仲がいい。
「大方、奇麗な娘を見つけて、いい格好しようとしてしくじったんだろ?」
弥勒は大きくため息をつく。
「とんでもない。おまえと夫婦になってからは、一度だって他のおなごに気を移そうなどと思ったことはありません。なんなら、私の躰に聞いてみるといい」
「……折檻していいの?」
「そっちじゃありません!」
手当てを終え、土間に下りた珊瑚は、おもむろに板の間に腰かける夫の正面に立つ。
「じゃあ、あたしの眼を見て」
まっすぐに、彼女を見つめる弥勒の穏やかな視線を強く見返し、珊瑚は一歩彼に近づく。
「あたしが好き? 法師さま」
「ああ」
「浮気なんてしないよね」
「もちろん」
視線を絡ませ、じっと見つめ合ったまま、弥勒は泰然と答えた。
もう一歩、彼に近づいた珊瑚は、座ったままの法師のほうへと身をかがめ、手を伸ばし、両手で弥勒の頬を包み込んだ。
「……絶対?」
「絶対」
そっと顔を近づける。
珊瑚の顔が上から近づいてくるのを見て、弥勒は眼を閉じた。
唇が触れ合う。
その唇に、珊瑚は何度もついばむような口づけを繰り返した。
法師の両手が珊瑚の腰に廻されると、彼女は唇を離し、悪戯っぽく夫の瞳を覗き込んだ。
「今回は信じてあげる。でも、法師さまが本当に浮気したら、あたしも浮気してやるから」
「本気か?」
「当然でしょ?」
すると、次の瞬間には、珊瑚は弥勒に膝をすくわれ、横向きに抱きかかえられるような体勢で彼の膝の上に乗っていた。
「ちょっ、法師さま!」
抱きすくめた妻の首筋に、すでに弥勒は顔をうずめている。
「やっ!」
肌を強く吸われ、珊瑚が甘い声を上げた。
「ならば、珊瑚は私のものだという印をつけておく」
さらに、法師は珊瑚の肌にいくつもの花びらを残そうと、執拗に何度も唇を押し付けた。
「法師さま、やだ、待って!」
抵抗する珊瑚が身じろぎ、バランスを崩した二人は板の間へと倒れ込む。
「……痛っ──!」
珊瑚を腕に抱いたまま、後ろへ倒れた弥勒が背中の痛みに呻き声を上げた。
「ごっ、ごめん、法師さま!」
慌てて彼の顔を覗き込んだ珊瑚を、弥勒は憮然と眺めやる。
「でも、法師さまが悪いんだよ? 急にあんなことするから」
「悪いのは珊瑚です。私は浮気しないと言っているのに、自分は浮気するなどと言って」
「だから、法師さまが浮気しなければ、あたしも浮気なんかしないんだって」
弥勒を抱き起こそうとした珊瑚は、だが、反対にその場に押し倒されてしまった。
「お仕置きです」
「なんで! お仕置きされるようなことなんかしてない」
「怪我人に乱暴した珊瑚が悪い」
「乱暴なんかしてないだろう!」
あっという間に褶を外され、帯を解かれ、これのどこが怪我人だ、と珊瑚は反論しようとしたが、露わになった肌に弥勒が唇を滑らせると、たちまちまともな言葉を失った。
「法師さま、怪我人なら、もっとやさしくして」
掠れた声で珊瑚は懇願したが、弥勒は聞く耳を持たなかった。
口づけの跡を増やし、ふくらみを弄び、珊瑚がすすり泣きを洩らすまで、あちこちに手指を這わせた。
「や……法師さま、もう……」
「浮気はしないな?」
「あたしは最初からしないって言ってるだろ!」
潤んだ瞳で睨みつけると、彼は微笑み、珊瑚の中へ入ってきた。
躰を重ねた余韻に漂い、二人は板の間に折り重なったまま、呼吸を整える。
白い肌を紅潮させた珊瑚は、法師の裸の肩を気遣うように撫でた。
「背中、大丈夫? 怪我してるんだからもっと自分をいたわってよ」
「ああ。これくらいの痛みは平気です」
そして、弥勒は珊瑚をじっと見つめた。
目が離せなくなって、思わず珊瑚の頬が火照る。
「いつもとは逆だったな」
「え──?」
「口づけ。いつもは珊瑚が私を見上げるが、今日は私が珊瑚を見上げて、口づけをされた」
「……」
はにかんだように珊瑚の長い睫毛が瞬いた。
「でも普通、躰に聞くといったらこっちでしょう」
「は?」
眼をぱちくりさせる珊瑚を見て、弥勒は思わせぶりににやりと笑った。
「いや。珊瑚の口づけも可愛くてよかった。また、してほしいな」
愛しげに、神妙にささやくと、彼は彼女の応えを待たず、彼女の唇を軽くついばみ、赫い跡が散らばるやわらかな肌に顔をうずめた。
〔了〕
2017.1.24.