微エロな5題・「動」

03:体を重ね、指を絡める (結婚後)

 特に理由がない限り、毎夜、珊瑚を求めている。
 夫婦になって、日が浅く、まだ数えるほどしか肌を合わせていないが、己の妻となった娘を抱くごとに、彼女への愛しさと渇望はいや増すばかりだ。
 濃い闇の中、ひとつの臥所で躰を重ね、その唇に、白い肌に、弥勒は愛撫を繰り返す。
 彼女の全てを甘いと思った。
 蜜のような、媚薬のような──
 そして、衝動の命ずるままに彼女の中を深く穿つ。
 過去の、行きずりの女たちとの共寝とは比べ物にならない。
 愛しい女が相手だと、同じ行為でもこうも違うものかと、毎夜、弥勒は溺れるように珊瑚の中に身を沈めた。

「……んっ」
 彼女の唇からこぼれた悩ましげな声が、ふと、弥勒を我に返らせた。
 夜具の中、互いに何もまとっていない。
 自分が組み敷いている珊瑚が、涙を浮かべ、揺さぶられるその行為をじっと耐えていることに気づいた弥勒は、はっとして、出し抜けに動きをとめた。
「法師さま……?」
 頼りなげな声が彼を呼んだ。
「どうしたの? 急に」
「あ、いや。……苦しいか?」
「少し。でも、平気」
 掠れた声で、消え入りそうに答える珊瑚は、事実、快楽よりも苦痛がまさっているようだ。
──おまえの呼吸が整うまで、少し待とう」
「でも」
「珊瑚に無理をさせたくない」
「無理は……してない」
 珊瑚は小さく喘ぎながら言った。
 弥勒はその唇の端に軽く口づけた。
「しゃべらなくていい。私が、つい急いてしまった」
 闇の中、二人の身体に掛けられた一枚の衾の下で、躰を離そうとした弥勒の背を、珊瑚の細い腕が無言で抱いた。
 肌が密着する。
「珊瑚?」
 息をひそめて問う弥勒の声に、彼の背中に廻された珊瑚の腕の力が強くなる。
 呼吸のたびに上下する彼女のふくらみが、彼の胸板に押し付けられ、生々しい。
「珊瑚、放しなさい。私の自制が効かなくなる」
「……法師さまがあたしを求めてくれるの、嬉しい」
 苦しげな、ささやくように微かな声で、珊瑚はつぶやいた。
「法師さまに悦んでほしいから。だから、好きに動いて……?」
 新妻にそんなことをささやかれ、弥勒はすぐにでも己の快楽に溺れてしまいたい衝動に駆られたが、かろうじてその衝動に耐え、珊瑚の首筋にできる限りやさしく口づけた。
「私一人が満足するのではなく、おまえも一緒に」
「大丈夫。閨でしか見られない法師さまのそういう顔、もっと見ていたい」
 口調は気丈だが、涙を湛えた瞳で法師を見上げる彼女の表情は、可憐でありながら艶冶であり、弥勒の心を掻き乱す。
「違うんだ、珊瑚。そうではない」
 弥勒の掌がやわらかな肌をなぞり、繋がったまま、彼は彼女と深く唇を合わせた。
「ん──
 口づけの合い間に洩れる珊瑚の甘い吐息を耳に快く聞きながら、法師は豊かなふくらみを焦らすように揉みしだく。
「珊瑚にも感じてほしい。互いに感じ合いたいんだ」
「んっ……でも」
「おまえが乱れるほどに、おれは嬉しい」
 珊瑚の白い肌が紅潮していることが、暗闇の中でも判った。
 掌で嬲るようにその肌をまさぐると、身をよじる珊瑚は、耐えかねたように、彼にすがる手に力を込めてきた。
「法、師さまの……好きに、して……」
 肌を撫されているうちに、彼女も昂ってきたようだ。
 弥勒は、組み敷いている珊瑚の両方の手を掴むと、それぞれの手に己の掌を合わせ、交互に指を絡ませて、握りしめた。
「法師さま──
「感じるままに、身を委ねて」
 直接、言葉でねだってほしくもあったが、これ以上は弥勒自身も限界だった。
 繋がっている部分が溶け合いそうなほどに熱を持っている。その濃密な熱をさらに撹拌し、全身に散らせるように、弥勒は緩慢に動き始めた。
 枕を重ねることに未熟な妻を、自らの手でどこまでも乱したい。
「あっ……!」
 意図したわけではないが、彼女の感じる部分を刺激したらしく、珊瑚は敏感に反応し、大きくのけぞった。
 反応を確かめながら、強く弱く、弥勒は焦らすようにその部分を責めていく。
「んっ……あっ、あ──!」
 絡めた両手を互いに握る。
 我慢する珊瑚の表情はひどく艶めかしく、うねる熱に包まれて、弥勒は今にも己の快楽に走り出しそうになるが、珊瑚がさらに極まるまで待った。
「珊瑚、己を解放しろ。もっと深い部分で、おれを感じろ」
「だ、だめ、法師さま……! いや……だめ!」
 珊瑚の声が切羽詰まっていく中、彼女の熱に呑み込まれる弥勒は、その快美感に耐え、さらに珊瑚を感じさせようと、彼女の深部に揺さぶりをかけた。
「あっ……あ──!」
 しなやかな肢体を反らせ、指を絡めている法師の手を、珊瑚は力いっぱい握りしめる。
 彼女が昇りつめ、すぐに弥勒も、陶酔の中で耐えていた己の全てを解放した。
「珊瑚──
「ほ……し、さま……」
 甘いつぶやきを残し、彼女は気を失うように眠りに落ちていった。
 両手の指を絡めたまま、力を抜いた弥勒は、珊瑚の身体に折り重なり、しばらくの間、荒い呼吸を整えていた。
 夜を重ね、肌を合わせる一夜ごとに、魂の奥深い部分で繋がっていく気がする。
 連理のように。
 そして、自分は確かにそれを、珊瑚という一人の女に囚われることを望んでいるのだ。
 弥勒は気だるげに彼女の上から身を起こし、眠る妻の唇にそっと口づけた。そして、ふわりと衾を引き寄せて、裸形の自分たちの身体に掛けた。
 静かな寝息が聞こえる。
「……愛している」
 眠る妻の隣に身を横たえ、寝息よりも小さな声で、弥勒はささやいた。
 闇に包まれた閨の中で、心ゆくまで躰を重ね、満たされ、疲れ果てて眠る珊瑚を見つめることができるのは、夫としての特権だと、彼は思った。

〔了〕

2016.1.23.

お題は「TOY」様からお借りしました。