微エロな5題・「動」
05:相手の唇に指を添える
廃屋の中に二人きりである。
妖怪の毒を風穴で吸って倒れた弥勒を、珊瑚は付きっきりで看病していた。
毒に対する耐性が弱くなってはいないだろうか。言葉にするのが怖くて誰にも言えないが、珊瑚は密かに胸を痛めていた。
以前より回復が遅い気がする。
珊瑚は、意識なく横たわる弥勒をじっと見つめ、彼の額にのせていた濡れ手拭いを手に取った。
熱はようやく下がってきた。
手拭いを枕元の盥の水に浸して絞り、彼女は彼の顔や首筋を拭い清めた。
唇が渇き切っている。
竹筒の水を、珊瑚は器に注いだ。
けれど、眠ったままの彼に飲ませることはできない。
彼女は自らの指を水に浸して、その指で、彼の渇いた唇を湿した。
「う……」
冷たい水を感じたのか、弥勒が微かに吐息を洩らした。
目覚めてほしくて、もう一度、珊瑚は濡らした指先からしたたる水滴を、弥勒の唇にそっと注いだ。
こぼれる吐息が熱く感じた。
まだ、呼吸が熱を持っている。
祈るような想いで、濡れた指を彼の唇に添わせていると、そろそろと法師の瞼が開かれた。
「珊瑚……」
瞳を向けられ、まるで悪戯が見つかった子供のように、珊瑚は後ろめたさを覚えて、手を引いた。
「……水が欲しい」
「身体を起こせる?」
「いや。今、していたように……」
「指で?」
「ああ」
弥勒はけだるげに眼を閉じた。
珊瑚は器の水に指を浸し、彼の口許へと運んだ。
そっと唇を濡らすように雫を落とすと、わずかに開いた唇から舌が水滴を舐め取った。
そのまま、出し抜けに指を舐められ、珊瑚の鼓動が跳ねる。
「!」
動揺して、思わず手を引っ込めてしまった。
「もう少し……」
「じゃあ、もう一度」
珊瑚はどぎまぎと水の入った器を引き寄せた。
「──口移しでは、駄目ですか」
娘は狼狽して息を呑む。
恋仲となって、唇を許してからも、そのような要求をされたのは初めてだ。
「で、でも、法師さま」
法師は物憂げにじっと珊瑚を見つめている。
「……」
頬が熱い。
もしかしたら、彼はまだ熱に浮かされているのではないだろうか。
そして、それに応じようとしている己自身も、彼の熱をうつされてしまったに違いない。
珊瑚は落ち着かなげに竹筒を手に取った。
竹筒の水を少し口に含み、横たわる彼の顔の上に覆いかぶさる。
こちらをじっと見つめていた彼が眼を閉じたので、そっと、彼女は彼の唇に己の唇を合わせた。
水がこぼれないように用心深く、舌先で彼の唇を割り、水を彼の口内へと少しずつ移していった。
唇を合わせたまま、彼が飲み終えるのを待ち、唇を離しかけたそのとき、不意に彼の舌が彼女の舌に絡んだ。
「っ!」
躰が熱くなる。
どうにも動くことができず、少しの間、彼女は彼の舌に翻弄されて、されるがままになっていた。
絡む舌がひどく熱い。
やっとのことで身を起こすと、鼓動を意識しつつ、珊瑚は手拭いを取り上げて、弥勒の濡れた唇をやわらかく拭った。その頬は美しい朱色に染まっている。
「おまえも……唇が濡れている」
弥勒は弱々しく手を伸ばし、身をかがめる珊瑚の唇に指先で触れた。
口づけの名残である湿り気に、人差し指を添わせ、愛しげに拭う。
「ありがとう、珊瑚。少し、気分がよくなった」
「ほんと?」
「ああ。少し、眠ってもいいですか?」
「うん。そばにいるから」
霞むように微笑し、弥勒は眼を閉じた。
さっきより、だいぶ法師の呼吸が楽になっている気がする。
眼を閉じた彼の顔を見つめ、ほっとした珊瑚は、高鳴る鼓動を抑えようと胸に手を当てた。
そして、そっと己の唇に右手の人差し指をあてがった。
彼の唇に触れた指。
彼の唇に水を飲ませた指。
指先で触れた己の唇も、熱を帯びて、熱かった。
〔了〕
2014.4.30.