散る花を探して

 りんが嫁入りの日を迎えた。
 何ともいえない充実感と愛惜の念、そして少しばかりの淋しさ。
 娘を嫁に出した人間の親というものはこんな気持ちなのだろうか。
 大きな役割を終えた感慨に浸り、殺生丸は丘の上で空を仰いだ。
 婿となるのは同村の若者で、働き者のよい青年らしい。
 形ばかりのささやかな祝言を行うらしく、その席に臨むため、昨日から邪見は楓の村に行っている。
 犬夜叉と一緒にいる、あの異国から来た巫女に、彼自身も出席するようにと声をかけられたが、そういうものに興味はなかった。
 慈しみを教えてくれた少女が、一人前の娘となった今、幸せを得たのであれば、それでいい。

 あのときの花を見たいと、ふと思った。

 白い花々が血と瘴気にまみれ、風に吹き上げられ、空高く舞い上がったあの日。
 鮮明に記憶に残る、一面の花が紅く染まり、風に散る光景。
 その光景を思い出したのは、りんがこの手を離れたというひとつの節目を迎え、どこか安堵する気持ちがあったからかもしれない。
 だが、両腕がそろっても、この腕で抱きしめたいと思う女はもうこの世にはいなかった。
 では、あの女の生があった頃、両腕があれば抱きしめていたかと自らに問えば、──答えは否だ。
(おまえは自由になった。だが、私はこのように縛りつけられた。満足か?)
 風が吹くたび、あの女がどこかで己を誘っているのではないかと感じる。
 振り返れば、目の前に姿を現すのではないかと思う。

 ざっ──

 不意に強風が吹いて、道端の名もなき花々を散らせ、宙へ舞わせた。
(……の、仕業か──?)

 いらえはない。

 行こう。
 風を探しに。
 行こう。
 あの花々が咲く場所へ。
 散る花はあの女を思い起こさせる。
 花の名など知らないが、あの場所は己にとって、もはや神聖な場所なのだ。
 風はどこにでも吹くけれど、あの花を散らせる風は特別なものだ。
 彼女が散ったあの場所へ行きたい。
 無性に焦がれた。

 りんに心を砕くことによって、目を逸らせるように置き去りにしていた、どうしようもない気持ちが湧き上がってくる。
 たまにはこうして、その切ないまでの想い出に身を委ねるのもいい。

 銀の髪をなびかせながら、殺生丸が歩を進めると、風に乗った花びらがふわりと流れていった。

 過去の感傷に支配されるのは性に合わない。
 けれど、心の奥底にしまった大切なものを、時折取り出して見つめることは構わないだろう。
 きっと、この記憶は、生涯、己とともにあるのだから。

〔了〕

2018.3.1.