流星奇譚

 いつからこんな関係になったのだろう。
 神楽が一人でいるときに、ふらりと殺生丸が彼女のもとを訪れることがある。
 殺生丸が一人でいるときに、気まぐれに神楽が彼のもとを訪れることもある。
 ただ黙って二人で空を見上げている日もあれば、言葉少なに抱き合う日もある。
 そういう刻を、重ねている。

 深夜、川のほとりにたたずんで、一人きりで空を眺めていた殺生丸は、ふと訪れた風の気配に、背後を見た。
 所在なげに赤い瞳の女が立っている。
 晴れ渡った夜空は鮮麗なる輝きを湛え、そんな星々の鑑賞を邪魔してしまったのではないかと神楽はわずかに躊躇いを覚えた。
 言葉を発せず、彼との距離を保ったまま、踵を返そうとしたが、不意に声を掛けられた。
「ついてこい」
 まるで、彼女を待っていたかのように、殺生丸は静かに歩き出す。
 何も言わず、神楽は彼に従った。

「この辺りでいいだろう」
 見晴らしのいい丘の上で足をとめた殺生丸は、彼女がついてきたことを確認するように振り返り、空を仰いだ。
「もうすぐだ」
 その場に腰を下ろす殺生丸につられて、神楽もやわらかい草の上に座った。
「……何だよ、思わせぶりに」
「黙っていろ」
 空を見つめる殺生丸に倣い、神楽も星空を見上げる。
 どこまでも果てしなく続き、見つめていると吸い込まれてしまいそうな、深遠なる星空。今にも星が降り出しそうな──否、星は本当に降ってきた。
 神楽は驚いて眼を見開く。
「これは……」
「流星の群れだ」
 星が降る。
 星の群れが、少しずつ、大空を彩るように駆けていく。
 光の矢が降るように。

 美しい。
 天上に広がる夢幻の光景に圧倒される。
 しかし、神楽にはその美しさが、不吉な予兆に思われた。
「こんなに星が降るのは、もしかして、よくない験なんじゃねえのか?」
 彼女らしくもなく不安げにささやかれた言葉に、殺生丸はちらりと隣に座る女を見て言った。
「私はおまえより遥かに長く生きている。だが、星の群れが流れたからといって、それが原因で災禍が生じたことは一度もない」
 軽く眼を見張り、神楽は彼の白く整った顔を眺めた。
「昔からある現象なのか。じゃあ、これからも同じように星の群れが降ることもあるのか?」
「たぶん、な」
「……」
 神楽は考えるふうに天上を見上げた。
「……あたしは、そんなことも知らねえ」
 彼が知っているのに自分が知らないことがある。
 それは、彼女に彼との人生経験の差を否応なく感じさせ、森羅万象の中に在っての己の無知と己の小ささを感じさせた。
 考え込む神楽の気配を感じ取った殺生丸がさりげなく言葉を添えた。
「長く生きていれば自然に解っていくことだ。これから少しずつ知ればいい」
 神楽は、ふと殺生丸の声にやさしさを感じた。
 肌を合わせるようになり、ほんのわずかではあるが、彼の態度もやわらかくなったと思う。

 ──これから先、あんたがあたしを導いていってくれるかい?

 そんな夢想を抱いてしまい、神楽は自嘲気味に微かに笑った。
「次に星の群れが降るときも、あんたと一緒に星を見てもいいかい?」
「好きにしろ」
 そんなふうに、二人はしばらく無言で空を流れる星の群れを見つめていたが、やがて彼が低い声で言った。
「欲しい」
「ああ」
 殺生丸の言葉を受けて、神楽は短く応えた。
「……あたしも、欲しい」
 ささやきとともに肩に手をかけ、草の上に仰向けに横たわらせた殺生丸の上に、神楽は影のように覆いかぶさる。
 ゆっくり顔を近づけ、唇同士を触れ合わせた。
 二人とも眼を開けたまま、流星群の朧な光を受けながら、混ざる吐息を感じ合う。
 さながら、何かの儀式のように。
 殺生丸の隻腕が神楽の背を抱いた。

 星は流れ続ける。
 地上の生物の営みなど知らぬげに。

 光の流れを頭上にいだき、ひっそりと抱き合う二人の姿は、影絵のように輪郭だけが浮かび上がる。
 光と闇のはざまに融ける二人の遥か上空を、星はいつまでも流れていた。

〔了〕

2012.4.4.