アルビテル・エレガンティアエ
〜優雅の審判者〜
「おや、みなで何をひそひそやってるんです?」
この日の宿を頼んだ屋敷の一室で、顔をつきあわせて熱心に話をしている犬夜叉、かごめ、珊瑚、七宝の四人を見て、弥勒は不思議そうな顔をした。
雲母は珊瑚の膝の上でまるまって眼を閉じている。
「あ、弥勒さま、お祓い終わったの?」
「ええ、まあ。ところで、何か問題でも?」
「別に問題ってほどじゃないんだけどさ」
困ったように笑みらしきものを浮かべる珊瑚に微笑み返し、弥勒は障子を閉め、腰を下ろした。
そんな法師をじーっと見ていた七宝が犬夜叉へ顔を向ける。
「弥勒だったらどれを選ぶかの?」
「そりゃー決まってんだろ」
「弥勒さまだもんねえ」
「……だよね」
呆れきったような四対の視線を受けて、弥勒はややたじろいだ。
「あの、何のお話で……?」
「あはは、ほんと、たいしたことじゃないのよ。ちょっとした例え話。みんなだったら何を選ぶ?って訊いてみただけで」
苦笑いを浮かべながらかごめが説明した。
「あるところに三人の女神様がいてね。誰が一番美しいか決めようってことになったわけ。で、女神様は審判役に選ばれた少年に、それぞれ自分を選んでくれたら贈り物をすると約束したの」
「それはまた随分と計算高い女神様たちですな」
「……おめえが言うか?」
「女神様が与えようとなさったのは何なので?」
犬夜叉のつぶやきをさらりと無視して、弥勒はかごめの話を促す。
「うん。一人は世界一の権力を、一人は世界一の知恵を、そして最後の一人は世界一の美女を与えようと約束したのよ」
「ほう。で、少年はどの贈り物を提示した女神様を選んだのですか?」
興味深げに相槌を打つ法師を、珊瑚が思わせぶりな眼つきでちらりと眺めやった。
「世界一の美女を与えると言った女神様を選んだわ」
「なるほど」
「それでね、みんなだったら何がほしいかなって訊いてたとこなの。あたしなら、知恵がほしいな。そしたらもう、受験に悩まされることないもの」
受験、という言葉とともに握り拳を作る少女に、弥勒は心の中で苦笑する。
(かごめさまの言うその、じゅけん、とやらは知恵だけでなく知識も必要な気がしないでもないのだが)
どうでもいい、といったやや投げやりな調子で犬夜叉が口を開いた。
「おれは力がほしい。でも、権力ってのはちょっと違うよな」
(確かに犬夜叉のほしい力とは違うが、それはすなわち半妖のままでも妖怪たちを支配できる力だということには気づいてないようだな)
真剣な表情で両腕を組む七宝は、深く考えるように眼を閉じて言う。
「おらは迷っとる。犬夜叉の言うように権力とは少し違うかもしれんが、力もほしいし、知恵もほしい。それに綺麗なおなごも捨てがたい」
(七宝は欲張りですな。しかしまあ、いざとなったらおなごを選ぶと私は見た)
膝の上の雲母を撫でる珊瑚は、独り言のようにつぶやいた。
「あたしはどれもあまり興味ないかな」
(珊瑚らしいか。権力など珊瑚には似合わぬし、退治屋としての知恵も今あるだけで充分だ。何より、美しい異性などと言われた日には……)
そこで、一同の視線が法師に向けられた。
「弥勒が選ぶとしたら、やはり、美しいおなごじゃろうな」
「けっ、訊くまでもねえだろ」
少女二人は何も言わず、しかし思いきり同意の意を込めた眼で、おっとりと座っている法師を見つめている。
弥勒はゆったりと口を開いた。
「そうですなあ……しかし、私だったら、知恵を選びます」
「はっ?」
四人の訝しげな声が見事に調和した。
「権力などなくても生きていけますが、知恵はあったほうが何かと便利ですからな」
「どうしたんじゃ、弥勒っ!」
「女じゃねえのか?」
「何か変なもの食べたの、弥勒さま?」
「熱でもあるんじゃない……?」
「なんですか、心外な。みんなして、その思いっきり意外そうな顔は」
「だ……だって」
慌てて笑って誤魔化そうとするかごめを、あっさり法師は受け流した。
「美しいおなごなら、もう持ってますから」
「へっ?」
弥勒は鷹揚に立ち上がると、すっと珊瑚の隣へ座を移動した。
そして、さりげなく退治屋の娘の肩を抱き寄せ、その耳元にささやくのだった。
「ねえ、珊瑚?」
「えっ?」
「私にとっての一番の美女は、おまえですよ」
不意をつかれ、ぽかんとした表情の珊瑚の顔が、みるみるうちに赫く染まっていく。
法師のささやきは極々小さなものだったが、その場にいた全員が聞き逃さなかった。
そうした一連の動作をあまりにも堂々とやってのける弥勒に、こっちが恥ずかしくなるじゃない、と苦笑するかごめ。
(……惚気かよ)
犬夜叉と七宝にいたっては、げんなり、としか表現できない様相で脱力していた。
〔了〕
2007.5.31.