月は運命に似ている。
 満ちたり、欠けたり。まるで気まぐれな女神に弄ばれているようだ──

おお、運命の女神よ - Carmina Burana -

 だとすれば、今は、新月?
 どこへ向かえばいい?
 先が、見えない。

 顔を上げると、二日月が嘲るようにこちらを見下ろしている。
 こんな夜は不安に駆られる。
 右手から洩れ聞こえてくる風の音が身を震わせる。
 仲間には──特にあの娘には、己の不安を悟らせたくない。

 宿を抜け出し、仲間から離れ、独り、弥勒は村外れの川岸で月を眺めていた。

 受け継ぐ呪いをあまんじて受け入れようとしてきた。
 こんな定めにはおれがこの手で決着をつける。

 なのに。

 何故、運命は珊瑚と出逢わせた。
 何故、狂おしいほどの想いにこの身が灼かれる。

 弥勒は右手を握りしめ、左手で額を覆う。

 ──やりきれない。

 愛しくて。愛しくて。
 なにものにも代えることのできないただ一人の存在。
 ただ愛したいだけなのに。

 ひとたび風穴の恐怖に囚われると、おれにはそのような資格はないのだと思い知らされたような無間地獄に陥る。
 こんな呪いさえなければ、平凡におまえを愛してやることもできただろうに。

 珊瑚。
 おまえの名を呼ぶことを。
 おまえに触れることを。
 どうか赦してほしい。

 どんなことがあってもおれを愛し続けてほしいと願うのは、おれの傲慢さゆえの独りよがりなわがままだろうか。
 こんなおれがおまえのそばにいることを、おまえは赦してくれるだろうか──

 ── 愛している ──

 それだけが、いま、おれにある真実。


 法師さまの瞳に惑いが揺れる。
 暗夜の暗闇でもそれは解る。
 あたしは何をしてあげられる?

 少し離れた場所に立つ樹の陰からそっと弥勒の様子を窺い、珊瑚は彼が仰いだ夜空を仰ぐ。
 二日月が嘲るようにこちらを見下ろしている。

 それは、猫の瞳にも似た──
 くるくると形を変える月。
 それを不実さに例える人もいるけれど。
 多くの顔を持つものが不実だとは限らない。
 現に法師さまはいつもあたしのそばにいてくれて。
 あたしを護ってくれる。生きる力を与えてくれる。

 黒珠のような瞳に憂いを忍ばせ、珊瑚は法師の姿をじっと見つめる。

 あたしがあの人にしてあげられることってなんだろう?
 そばにいるだけで癒してあげられるなんて、そんな自惚れたことは考えていない。
 あたしがあなたにしてあげられる唯一のこと。
 それは呪いから解放される手助けをすること。
 もちろん、あたし一人で為し遂げられるほど簡単なことじゃないのは解っているけれど。
 ただ一刻も早く、奈落を倒すことに全力を傾ける。

 珊瑚は再び月を仰いだ。

 細い、細い、二日月。
 なんて頼りない輝き。
 まるで、風音にさらされたあの人の心のうちを垣間見ているようで……

 だから、願わずにはいられない。
 月が、再び大きく姿を現したとき。
 せめて、かのひとの足許だけでも、明るく照らしてくれることを──

〔了〕

2007.10.5.

「おお、運命の女神よ (「カルミナ・ブラーナ」より)」 オルフ