あたたかな灯

 枯れ枝を集めて火を熾し、獲ってきた人数分の魚を焚き火で焼いた。
 犬夜叉と弥勒と七宝が付近の見廻りに出ている間、かごめと珊瑚、女性陣が夕餉の支度をする。
 魚の焼き加減を見る珊瑚の傍らで、かごめは湯を沸かしてスープを作った。
 湯に粉を溶くだけで出来上がる美味しいスープは、珊瑚にはまるで魔法のように見えた。
 犬夜叉たちと行動をともにするようになり、旅の生活に戸惑うことも多いけれど、かごめについては本当に驚くことの連続だ。
「器が足りないわね」
 困ったようにかごめが言った。
「回し飲みでもいい? 一人ずつ飲んで洗ってもいいし」
「どっちでもいいよ。でも、水は貴重だから」
 そう言いかけて、珊瑚の瞳が戻ってきた弥勒の姿を捉えた。
 彼と同じ器を使うことが頭をよぎり、ふと、珊瑚の頬が赫くなる。
 かごめは立ち上がって、犬夜叉たちに声をかけた。
「御苦労さま。周囲に異常はない?」
「ああ。静かなもんだ。魚、焼けてるか?」
「もちろんよ。ね、珊瑚ちゃん?」
「う、うん。ちょうどいい頃じゃないかな」
 珊瑚は慌てて魚を刺した串を手に取って答えた。
「三つくれる? はい、これ、珊瑚ちゃんが一番ね」
 スープのカップを手渡され、食欲をそそる匂いがふわりと漂った。
「いい匂い」
 珊瑚に自覚はないようだが、彼女が仲間の法師を意識していることを知っているかごめは、犬夜叉と七宝にそれぞれ焼き魚を手渡して、少し離れた場所を指し示した。
「犬夜叉、七宝ちゃんも、あの辺りで食べましょ?」
「ああ? なんでだよ」
「焚き火のそばは暑いのよ」
 珊瑚は気づかなかったが、かごめの意図を察した弥勒の口許が微かに綻んだ。
 スープをひと口飲んだ珊瑚の隣に法師が腰を下ろすと、彼女はどぎまぎとカップをわきに置き、雲母のために焼き魚の串を取った。
 串から抜いた魚を大きめの葉の上にのせて猫又の前に置くと、雲母は熱々の焼き魚を用心深く食べ出した。
 ふと顔を上げると、隣の弥勒がじっと彼女を見ていたので、ぎょっとする。
「珊瑚は火のそばでも大丈夫ですか?」
 にっこりと微笑まれて、珊瑚はまごつく。
「う、うん」
 法師がすぐそばにいて、頬が赫くなっているのではないだろうか。
 照れ隠しのために珊瑚は焼き魚を手に取ると、無造作にそれに口をつけた。
「あつっ!」
「どれ」
 弥勒は珊瑚の手に己の手を添え、口を寄せて、彼女が齧りかけたところを齧り取る。
「……えっ」
「大丈夫、気をつけて食べてください。美味しいですよ」
「あ、あたしの齧りかけ……」
 珊瑚は唖然と法師を見つめたが、彼のほうは大して頓着しない様子だった。
「あ、すみません。口をつけてしまったので、これは私が。珊瑚は私のを食べてください」
 言いながら、弥勒は傍らに置いてあったスープのカップを取り上げ、ひと口飲んだ。
「そっ、それも飲みかけ」
「ああ、悪い。でも、器が足りないんでしょう? 一緒に飲んでも構いませんよね?」
 にこ、と、またしても邪気のない笑顔を向けられて、珊瑚は恥ずかしいけれど嫌と言えない。
「かごめちゃんが、一人分ずつ作るって……」
「では、珊瑚の分を半分もらったら、私の分を半分あげます」
 意識するほうがおかしいのだろうか。
 法師と話していると、彼のほうが正しいのではないかと、ときどき混乱してくる。
 でも、こうして、みんなと夕餉を囲むのは、あたたかな灯を点すようで好きだった。
 特に法師の存在が、やさしくてやわらかで居心地がよくて……どういうわけか、ときめいてしまう。
 弥勒から受け取ったカップに口をつけてもいいものか、戸惑う珊瑚が視線を彷徨わせると、少し離れた場所からこちらを見ていたかごめと目が合った。
 かごめは珊瑚を勇気づけるように、にっこりと微笑んでみせた。

〔了〕

2012.6.26.