六花、舞う
風が強い。
雪を伴う冬の風は容赦がない。
小さな小屋の囲炉裏の火を囲んで雑魚寝をする一行の中で、弥勒だけが起きていた。
火の番をしているのだと、だから起きているのだと自分に言いわけをしながら、耳につく風の音に心がざわついて仕方ない。
外は、吹雪といっていいほどの雪である。
窓を叩き、扉を叩く白魔が、この小屋ごと自分を攫っていくのではないかと不安になる。
(馬鹿馬鹿しい)
ふっとため息を洩らし、弥勒は自嘲するように右手の掌を見た。
(あれは雪だ。風ではない。それに、おれは一人じゃない)
そこには仲間たちが眠っている。
愛しい娘もいる。
弥勒は、凄まじい風の音が轟くたび、こちらに背を向けて横になっている退治屋の娘の髪を見つめ、気を紛らわせようとした。
そうして、長い夜を耐えていた。
気づくと、外が静かになっている。
囲炉裏の火に薪をくべ、弥勒はそっと立ち上がって扉に手をかけた。
小屋の外は薄暗く仄白い冷たい世界。そんな空間を舞う白いそれらは。
(──花びら? いや、雪だ)
いつの間にか吹雪はやみ、仄かに白みだした空はぼんやりと明るく、ちらちらと降ってくる雪は、まるで無数の桜の花びらのようだ。
黎明の訪れであった。
雲のあなたは春にやあるらむ
ふと、そんな言葉が浮かんだ。
(そうか)
冬を耐え忍べば春が来る。
雪雲が花びらを降らせている。
あの空のすぐ向こうに春が隠されているのかもしれない。
「……法師、さま?」
背後から遠慮がちな声が掛けられた。
振り返ると、愛しい娘が心配そうな眼をしてこちらを見ている。
「すまん、珊瑚。起こしてしまったか?」
「ううん。吹雪の音が気になって……うつらうつらしていただけだから」
きっと、彼女も一晩中、自分を気遣って眠ることができなかったのだろう。
珊瑚を安心させるように、法師はやわらかな笑みを浮かべた。
「法師さま、まだ夜は明けきってないし、少しだけでも横になったら? あたしが火の番をかわるから」
「ああ。私なら大丈夫だ」
弥勒は珊瑚の背をそっと押し、小屋の中へ戻ると扉を閉めた。
二人並んで火のそばへ座る。
「法師さま、外で何してたの?」
珊瑚はやはりどこか不安そうで、弥勒は彼女の膝の上の小さな白い手に己の手を重ねた。
すっかり冷たくなっている法師の手を、思わず珊瑚は自らの両手で包み込む。一生懸命温めようとしている。
「法師さま、こんなに冷えちゃって」
「……春を見ていた」
「春?」
不思議そうな珊瑚に、微笑を湛えたまま弥勒はうなずく。
「冬の次には春が来るんですよ、珊瑚」
可憐な仕草で珊瑚は首を傾けた。
「それが見えたの?」
「ああ」
「どこに?」
「雲の向こうに。そして、私のすぐそばに」
「雲の向こうってのは解らなくもないけど……法師さまのそば? 変なの」
もう片方の法師の手を取って、はあっと息を吐きかけながら両手でさすると、春風のような表情でこちらを見つめる法師と眼があった。
桜色に頬を染めた娘は恥ずかしそうに視線をそらす。
(法師さまのそばっていうより、あたしには法師さま自身が春みたいなんだけど)
うつむく娘の横顔を眼に映し、弥勒は、風に怯えた心が嘘のように安らいでいることに気づいていた。
吹きすさぶ風雪を耐え忍べば、その先に待っているのは春だ。
私の春は、おまえの笑顔かもしれない。
──珊瑚。
〔了〕
2008.2.14.
(清原深養父)