小さき掌

 眼が覚めたら、まず君の姿を探す。
 弥勒は指先を無意識に妻が眠っているほうへ彷徨わせた。

 珊瑚と一緒になってから、少し眠りが深くなった。
 けれど、闇の中、ふと眼を覚ますと反射的に愛しい気配を探してしまう。
「ここにいるよ」
 今は夫となった人の手に、珊瑚の手がそっと重なった。
「嫌な夢でも見たの?」
 互いの顔もよく見えない暗闇で、二人は指を絡め合った。
「いや。ただ、眼が覚めて……」
 闇の色が、なんとなく不安で。
「おまえを起こしてしまったか?」
「ううん。あたしも眼が覚めてたの」
 ひとつの臥所に身を横たえ、内緒話をするように、声をひそめて珊瑚は言った。
 絡めた指を解いて彼の手を持ち上げ、横臥したまま、彼女はその手に自らの掌を合わせた。
「大きな手」
 やさしくささやく。
「大きくて、守ってくれる。指が長くて、頼りになる美しい手」
「褒めすぎではありませんか?」
「あたしの手は小さい」
「おなごだからな」
 弥勒は掌を合わせている彼女の手を軽く握った。
「珊瑚の手は華奢で綺麗だ。武器の扱いに長けているのに、しなやかさを失わない」
「法師さまも褒めすぎ。でも、小さいでしょ?」
「おなごの手というものは、だいたいが小さいと思いますが」
「そうだけど……里にいた頃は、もっと大きな手になりたかった。武器を扱うのに小さな手じゃ大変だから」
 弥勒は小さく笑い声を立てた。
「そりゃあ、男と比べれば確かに小さいですよ」
「でも、今はこれでいい。法師さまが綺麗と思ってくれるなら、それが一番嬉しい」
「私も、私の手で包み込めるくらいの、これくらいの手が理想的だな。あまり大きいと釣り合いがとれん」
「法師さまより大きな手ってのはあたしも嫌だな」
 漣のように珊瑚も笑う。
「風穴がある頃の法師さまの手も好きだった。風穴自体は呪いでも、それが闘いの中で法師さまとあたしを繋いでいるような気がしてた」
「同じ手が尻を触っても?」
 笑みを含んだ声がからかうように言った。
「それでも。それ以上に、あたしを守ってくれる手だったから」
「では、遠慮せずにもっと触っておけばよかったな」
「……」
 少し間が空いた。
「……あれで遠慮してたんだ?」
「はは」
 彼女をいなすように、法師は己の手の中にある小さな手を握りしめた。

 ずっとこの手を守ってきたつもりだった。
 しかし、こんなふうに、ふとしたときに、珊瑚の小さな手に守られている自分を実感する。

 快い睡魔が訪れた。
「おやすみ、珊瑚」
「おやすみなさい、法師さま」
 掌が触れ合っているだけで、その温もりに安らぎを覚える。
 手を繋いだまま、二人は眠りについた。

〔了〕

2011.10.1.