君のとなりに

 旅の途中、辿り着いた村に、犬夜叉たちの一行は足をとめた。
 荷を下ろし、土埃にまみれた手足を洗い清めて、ほっとひと息つく。
 残り少なくなっていた水を井戸で汲ませてもらうため、弥勒と珊瑚は皆の分の竹筒を持って、七宝も一緒に共同井戸へと案内してもらった。
 が、三人を案内する村の娘にしきりに愛想よく話しかける法師の様子が、珊瑚にはどうも癇に障る。
 見慣れた光景だが、何となく面白くなくて、彼女はことさら法師を無視し、七宝と水を汲む作業に集中した。
 気づくと、法師の姿も娘の姿も消えている。
(あのスケベ法師──
 娘を誘い出し、行きずりの逢瀬を楽しむつもりだろう。
 考えるより先に足が動いていた。
「七宝、あとを頼んだよ」
「えっ? どうしたんじゃ、急に」
 七宝の慌てた声が後ろに聞こえる。
 法師が誰と何をしようが、己には関係ないのに。
 だが、この胸のもやもやした気持ちは、自分ではどうすることもできなかった。

 法衣姿を捜し、村をあちこち歩いていると、村外れの木立の中に、寄り添う男女の姿を見つけた。
(……!)
 息を呑み、素早く珊瑚は茂みに身をひそませたが、それは弥勒ではなかった。
 先程の娘と忍び逢っているのは村の若者のようだ。
 睦まじげにささやきを交わし、笑い合い、やがて、二人は名残惜しそうに歩き出した。
 それぞれの仕事に戻るのだろう。
 そんな二人を珊瑚が見送っていると、不意に背後から人の気配がした。
「こんなところで何してるんです?」
「……っ!」
 弥勒本人だ。
 彼は珊瑚の見ていたほうへ目をやり、すました顔で声をひそめ、
「覗き見ですか?」
 と問うた。
「なんでっ! たまたまだよ。法師さまこそ、あの娘を口説いてたろう? 残念だね」
「そう毎回うまくいくとは思ってませんよ」
 つい、珊瑚は声が刺々しくなったが、弥勒はあまり気にしていないように、娘たちが去ったほうを見遣った。
「珊瑚は、あのような仲が羨ましいんですか?」
「あたしが?」
「だから、二人を見ていたんでしょう? 恋に恋するといったところですかな」
「べ、別にそんなんじゃ……」
 口ごもり、眼を伏せる娘の純情な様子を見て、弥勒は口許を綻ばせた。
「私もそうですよ。こんな旅をしていては、かりそめの恋すら、満足にできませんからな」
「そんなもの?」
「そんなものです」
 村娘が行ってしまっても法師がここを動かないので、珊瑚は不思議そうに彼を見つめた。
「法師さまは、あの娘を捜していたんだよね」
「私は珊瑚を捜しに来たんですよ」
「あたし?」
「そうです」
 弥勒はうなずいた。
「おまえ、水を七宝一人に運ばせて、いきなりどこかへ行ってしまったそうだな。かごめさまが心配して、捜してきてほしいと頼まれたんですよ」
「先にいなくなった法師さまに言われたくないよ」
「あ、もしかして、珊瑚は私を捜していたんですか?」
「まっ、まさか」
 真っ赤になって否定したが、法師にどう伝わったのかは判らない。
 弥勒は含むような微笑を彼女に向けた。
「行きましょう。珊瑚を伴って帰ると、かごめさまに約束したのですから」
 探るように彼女が彼を見つめると、彼はふと苦笑した。
「……まあ、私も隣に珊瑚の姿がないと、何か落ち着かなくて」
 珊瑚の心臓がどきんと音を立てた。
 いつの間にか、隣にいることに馴染んでしまったのは、珊瑚も同じだ。
 彼女を待つ法師の隣に珊瑚は並び、一緒に仲間たちのもとへと歩き出す。
 いつか、かりそめの相手ではなく、彼に本物の相手が現れたら、この場所から身を引かねばならないのだろう。
 でも、それまでは、ここに居させてほしいと、珊瑚は心の奥でそっと願った。

〔了〕

2014.6.14.