さわさわと木の葉が風にそよいでいる。
 木蔭に法師と並んで座る珊瑚は、手にしたフォトフレームの中の自分の姿に夢見るような眼差しを落としていた。
 そんな珊瑚の横顔を、弥勒はやわらかく見つめている。

 ──いつか、私だけのために、またこの着物を着てください──

 弥勒の言った言葉が、珊瑚の心に繰り返しこだまする。

 まさかあたしが、一人の男の人のために自らを装うなんて──

 つい一年ほど前には考えもしなかったことである。
 嬉しいような、くすぐったいような、まるで聞こえてくる木の葉のさやぎが自らの心が鳴らしているような気がして、落ち着かない。
 ふわふわと心が風になったみたい、とふと顔を上げて、法師がじっと自分を見つめていることに気がついた。
「法師さま、こんな格好は感心しないって言ったじゃないか」
「一人で出歩くのは感心しないと言ったんです。次からは私と一緒に」
 独占欲をあからさまに示した法師の言葉にとくんと心臓が鳴り、珊瑚は恥ずかしそうに眼を伏せた。
「二人で町へ行って、そのときは、おまえに簪を買ってあげましょう」
「法師さまが……あたしに?」
 軽く眼を見張って珊瑚は彼を見たが、すぐにはっと眼を逸らし、浮き立つような気持ちをどう隠そうかと表情に困っている。
「どうせ、誰にでもそんなこと言ってんだろ?」
「おや。素直じゃありませんね。まあ、照れてるおまえも可愛いですが」
「てっ、照れてなんか……っ」
 頬を染め上げる娘を法師は微笑みながら見つめている。
「おまえにはどんな簪が似合うだろう。やはり名にちなんで珊瑚の簪がいいですか?」
 何か言いたげに、珊瑚はちらと法師に眼を向けた。
 法師はそれをにっこりと受ける。
「欲しいものがあるなら言ってごらんなさい?」
「あたしが選んでいいの?」
「おまえが望むものならば何なりと」
 甘い声でささやく彼の視線が彼女の唇あたりを彷徨った。
「……はく」
「ハク?」
「琥珀。琥珀の簪ってないかな」
──
 とっさに言葉につまった法師の眉がぴくりと引きつったことに、珊瑚は気づかなかった。
「ねえ、法師さま。どう思う?」
 それには答えず、はにかんだ微笑を浮かべる珊瑚の手許に手を伸ばすと、弥勒は、彼女の手からフォトフレームを取り上げた。
「返してください」

 ──これは、私だけの珊瑚だ。

「えっ? あの、どうかした? ……なんか、怒ってる?」
「怒ってなんかいません。ただ、一日も早く弟離れしてほしいものですな」
 彼の恋敵となるものは、行きずりの男などではなく、すぐ身近にいることを、改めて思い知らされた気がする弥勒であった。

≪ 第六話 〔完〕

2008.5.19.