おらは魔法使い?
第五章 仲間とともに
半妖の少年・犬夜叉は、何故か、かごめたち一行と一緒に森の中の灰色の石畳の道を歩いていた。何故か、森の中を道案内させられている。
「なあ」
「なあに?」
犬夜叉の隣を歩いているかごめがにっこりと振り向く。
「おめえら、おれが怖くねえのか?」
「別に」
即答するかごめ。
「おまえはかごめさまの“おすわり”で動きを封じられると判りましたし」
と、弥勒。
「あたしは心を失ったから怖いなんて感情はない」
と、珊瑚。
雲母も珊瑚の肩の上で、にぃ、と鳴いた。
「変な奴らだな」
首をひねりながら、犬夜叉は怪訝な表情を前へ向けた。
「たいていの人間や妖怪は、みんなおれがちょっと睨んだだけで逃げ出すんだが」
「あんた、眼つき悪いもんねー。犬夜叉って近隣の人たちに恐れられてたんだって? もしかして、あたしたちにしたように、森へ来た人間にいちいち喧嘩売ってたの?」
犬夜叉はじろりとかごめを睨んだ。
「喧嘩じゃねえ。自分の勇気を試すために、おれより強い者はいねえか挑戦してただけだ」
「それで乱暴者の烙印を押されちゃったのね」
苦笑しつつ、かごめはため息をつく。
「犬夜叉、それではいつまで経っても真の強さなど得られんぞ」
背後からかけられた法師の声に、仏頂面の犬夜叉が振り向いた。
「なんでだよ」
「おまえ、そんなことを続けていて、少しは五十年前の巫女さまの言葉を理解することができたか?」
犬夜叉はぐっと言葉につまる。
「じゃあ、おれにどうしろって言うんだ。真の勇気が何か、おめえには解るっていうのかよ!」
声を荒げる半妖の苛立ちに動じることもなく、弥勒は穏やかに話を続けた。
「少し視点を変えてみたらどうだ、犬夜叉? ……たとえば」
法師は少し考えるような眼になると、
「私たちと旅をするとか」
「旅?」
「旅をしていれば、自然、いろいろな人間や出来事と関わる。そういった経験から、おまえは何かを得ることができるかもしれん」
「……旅か」
「それ、いいかも!」
腕を組んで考える犬夜叉の肩をぽんと叩き、かごめは嬉しそうに言った。
「あたしたち三人とも、それぞれの願いを叶えてもらうために緑柱石の都へ行くところなの。犬夜叉も、勇気を与えてもらいに一緒に行かない?」
「おれはそんなズルしねえぞ? 勇気は自分の力で見つける」
「じゃあ、巫女が言った真の勇気が何なのか、そのヒントだけでも与えてもらえば?」
熱心に言うかごめを、犬夜叉が横目でちらりと窺うように見た。
「……おまえらが会いに行く人間ってのは、そんなに賢いのか?」
「そりゃあ、もう! 緑柱石の都を治める翠玉王は、弥勒さまには知恵を授けてくれるし、珊瑚ちゃんの心も取り戻してくれるし、あたしをもとの世界へ帰してくれるわ。こんなこと、やさしくて賢い大魔法使いでなければできないでしょう?」
かごめたちと翠玉王との間には、いつの間に願いを叶えてもらうという契約が成立したのだろうか。
「へえ、すげえな」
犬夜叉も次第に乗り気になってきたようだ。
「よし、解った。おれも行く。こんな森でくすぶっていてもしょうがねえ。広い世界へ出てやるぜ」
犬夜叉の住む森はかなり大きいようだ。
前夜、森で野宿をした一行は、今日も延々と続く森の中の石畳の道を、食事を取り、休息を取りながらひたすら歩く。
犬夜叉とかごめが横に並び、その後ろを弥勒と珊瑚が続いた。
犬夜叉はちらちらとかごめの顔を盗み見る。
「ところで、おまえも巫女なんだろ?」
「え?」
「言霊の念珠を使えるのは特定の巫女だけだ」
「特定? あたしはごく普通の女の子だけど」
「ある意味、かごめちゃんは特別な存在だよ」
と、珊瑚が口を挟んだ。
「異世界から来た巫女さまなんだから」
「それに、四魂の玉をお持ちだ」
弥勒も後ろから言葉を継ぐ。
「四魂の玉は持ち主を選ぶといいますからな」
「おまえ、別の世界から来た巫女なのか。それに、四魂の玉ってやつは並の人間には荷が重すぎて持てねえって聞くぜ? やっぱり、ただ者じゃねえんだな」
「やだな、みんなして」
照れた表情のかごめが否定するように両手を振ったとき、どこからか猛獣の咆哮のような音が聞こえてきた。
和やかだった雰囲気が一瞬にして凍りついたような緊張に変わる。
「……今の、なに?」
鋭い眼で周囲の様子を窺っている三人に、かごめは小声で尋ねてみた。
「あれは迦里陀の声だ」
犬夜叉が答える。
「迦里陀?」
その単語は弥勒も珊瑚も知らないらしい。
「森の外れに棲みついている猛獣だ。まあ、低級な妖怪の一種だと思えばいい。だが、なまじ知能が低いだけに恐れを知らねえ。一度狙った獲物にはしつこいほど執着しやがる」
「妖怪なら、退治するのがあたしの仕事だ。しとめればいいんだろ?」
淡々と言う珊瑚に、犬夜叉は顔をしかめた。
「それができれば苦労はねえよ。このおれだって、あいつらにはてこずってんだ」
「あいつら? その迦里陀とやらは複数いるのか?」
ふと眉を上げて弥勒が訊く。
「二匹だ」
「二匹くらいならあたしが──」
「迦里陀の皮膚は鎧みてえに硬いんだ。おれの鉄砕牙でも斬れねえ。おまえの武器は鉄砕牙の刃を砕けなかっただろうが。それじゃあ、迦里陀の皮膚に傷をつけることもできねえよ」
犬夜叉の言葉を聞いて、弥勒が、今にも飛び出していきそうな珊瑚を制した。
「おい、弥勒、珊瑚。来るぞ」
獣の咆哮は次第に大きくなり、その気配らしきものがこちらへ近づいてくる。
迫りくる妖気は薄いものの、一旦獲物と認識すれば、その獰猛さだけを武器に、迦里陀は四人全員を喰い殺そうと執拗に追ってくるだろう。
弥勒は考え深げに眉をひそめ、人差し指と親指を顎に当てた。
「ここは、王敬則伝の兵法に従うのが最も有効的でしょう」
「えっ、法師さま、何か策があるの?」
「おお。伊達に法師の格好してるんじゃねえんだな」
「で、どうするの?」
三人の期待の眼差しを受けた弥勒は、ふっと不敵な笑いを浮かべ、
「三十六計逃げるにしかず!」
叫ぶと同時に横にいた珊瑚の手を掴んで走り出した。
「ちょ……法師さまっ!」
変化した雲母が、走る弥勒と珊瑚を自らの背に乗せ、空中を滑るように前進する。
「かごめ、おれたちも逃げるぞ!」
犬夜叉はかごめを負ぶうと、雲母の飛行にも負けない速度で跳ぶように走った。
一行はあっという間に森の外れに到着したが、そこで、無残にも石畳の道は途切れていた。
行く手は巨大な亀裂のような谷によって阻まれている。
「道はここで終わり?」
「いや、谷の向こうに続いている」
弥勒が錫杖で指す方向へ珊瑚が眼をやると、目の前に横たわる大きな谷の向こう岸に、かろうじて灰色の石畳の道らしきものが伸びているのが見えた。
かごめは自分を負ぶっている犬夜叉に問いかけた。
「ねえ、この先へはどうやって行けばいいの?」
雲母の背から降りた弥勒と珊瑚は谷を覗き込み、その深さを探ろうとしている。
「ここから先へはおれも行ったことがねえ。おい、おまえら。この谷は底なしだ。落ちたら死ぬぜ」
かごめも犬夜叉の背中から降りた。
「雲母なら飛んで向こうへ渡れるけど、一度に四人を乗せるのは無理だ」
「雲母が往復している時間はないな」
背後の森を見据えながら弥勒がつぶやく。
獣の唸りがすぐそこまで迫り、得体の知れぬ巨大な猛獣が、その姿を影として視界に捉えられるほどの距離まで近づいている。
「ここはあたしが食い止める。かごめちゃんと法師さまは雲母に乗って先に向こうへ!」
「おなごのおまえを残して私が先に行けるわけないでしょう!」
「この中で闘い慣れているのは犬夜叉とあたしだろう? 大丈夫、何とかする」
珊瑚が飛来骨を構え、犬夜叉が鉄砕牙を構える様子を見つめる弥勒は、不意に森の端の木々へ目をやった。樹の高さと目的地までの距離を測り、一本の大樹を犬夜叉に示す。
「犬夜叉、おまえの鉄砕牙で、あの樹を伐り倒すことができるか?」
「はあ? 樹を伐ってどうすんだよ。敵は迦里陀だぞ?」
「いいから! あの樹を谷に渡して橋にするんです」
はっとした犬夜叉が鉄砕牙を大きく振り下ろす。
「はあーっ!」
大樹の太い幹が鮮やかな断面を見せ、一瞬にして伐り倒された。ざざざざっ、とゆっくり森側へと倒れていく。
「ちょ、犬夜叉! 倒れる方向が違わない?」
焦るかごめの声に落ち着き払った弥勒が答えた。
「そこは私にお任せを」
じゃら、と右手の数珠に手を掛け、法師が風穴の封印を解く。
「風穴っ!」
突如、ものすごい風が湧き起こり、倒れようとしていた大樹が谷のほうへと引き寄せられた。
ころあいを見て、法師が風穴を封印すると、風はやみ、樹はうまい具合に谷の向こう岸への橋となるようにどっと倒れた。
「弥勒さま、すごーい!」
「みな、早くこれを渡れ!」
「行くぞ!」
雲母を先頭に、続いてかごめの手を引く犬夜叉が樹の橋の上を走った。そのあとを珊瑚、弥勒が一気に谷の向こう岸へと駆け抜けた。
不安定な長い距離を走ったかごめは小さく息を切らしている。が、渡り終え、ほっとしたのも束の間。振り向いた先に巨大な妖獣の姿を見つけ、悲鳴を上げた。
森から現れた二匹の迦里陀は、熊のような体躯に虎に似た頭という異様な姿をしていた。とてつもなく大きい化け物だ。
「珊瑚」
弥勒が意味ありげに珊瑚を見遣ると、退治屋の娘は、ああ、とうなずき、飛来骨を構えた。
醜い獣たちは谷を隔てた場所に人間の姿を見つけると、そこにある即席の橋へと突進してきた。
「迦里陀もこの樹を伝ってこっちへ来るつもりだわ」
かごめが叫んだが、珊瑚は冷静に時機を見ている。
二匹の迦里陀がちょうど橋の半分辺りに差しかかったとき、珊瑚は狙いを定めて飛来骨を投擲した。
珊瑚の投げた飛来骨は、見事、迦里陀の足許の樹を切断して獣たちから橋を奪い、彼女の手元へと戻ってきた。
「やった!」
恐ろしい唸り声とともに、二匹の迦里陀は底なしの谷へと落下した。
2007.12.2.